人とのちょうどよい距離感…とは?



100均やドンキの袋に日用品を詰めた初陣たち、
「一人暮らし、スタートかな?」なんて感じの若者を見かけだしました。

希有です。
新生活に直前シーズン!
春は出会いと別れの…甘酸っぱい季節ですよねぇ。

小中高大…そして現在・社会人。
記憶の隅に追いやってしまっている人間関係も含めたら
今まで何百人とすれ違ってきたんだろう。

喧嘩したり 嫌だと思っても仲良くしたり 八方美人だったり…
人との関わりあいが面倒になることもしばしばある。

それでいて 自分の心の距離を突き抜けちゃうくらいの相手を作ったり…
で、いなくなるとぽっかり穴があいちゃうんだなー、恋人でも、親友でも。

穴が空いちゃうくらいの“濃密な依存関係”を経験すると、
「こりゃイカン。一定の距離は必要だ」と再認識ます。
心のATフィールドを張る。

“人との距離感について”って
人間関係で痛いメみるとつい考え出しちゃいません?

無理に繕った、“余所行き仕様の自分”は耐久戦。
(欠点は長所より目立つしな)

『来る者拒まず去る者追わず』じゃないですが、
自然体の自分に付いてきてくれる人ってのが大切にすべき相手です。

お互いに嫌な所知っているけど、まぁ、ナンダカンダ好きだし…
みたいな関係が長ーく付き合えますよね。

けれども “ありのままの状態を受け入れ合える”ってとっても稀。

希有の一例ですが、高校からの友達で就職も上京組の子がいました。
優しくって気も合う良い子なのでよく遊んでいたのですが、
マイペース過ぎる…というか 超っ絶な遅刻魔でした。

予め、遅れるって連絡してくれればこちらも対処のできたのだけど
待ち合わせ時間に連絡が来るんだなー「一時間ずらしてもいい?」って。

いや、もう待ち合わせ場所いるし。

あんまり毎回そうなもんだから「私、大切にされていない…?」みたいに思えてきて。
その子と会うのが億劫になってきて。
誠実さを感じれなくなってきて。

そのうち違う居心地の良い子と遊びだして 自然にフェードアウト。

大人になればなるほど 自由な時間を誰と過ごすか取捨選択しませんか?

ありのままを見せてくれていたのかもだけれど
ありのままが(希有にとって)無理だった、歩み寄りもしなかったって結論。
その子は、希有の選択肢から外れたんです。

もちろん希有だって「アナタのここが無理」って思われて
同じようにフェードアウトされていると思う。

寂しい!悲しい!残念…改善しなきゃ…!!
って思えなくなったのは 心臓にぶっとい毛が生えたからかな←

性格にもコンプレックス的難癖があるのは重々承知。
万人受けしてる自信なんてないしw
しょうがないって早々に諦めちゃってます。

本題。
“結局、人とのちょうど良い距離感とは?”

これは希有的結論ですが、
“相手によって尺が違う、お互いがご機嫌でいられる距離”
じゃないでしょうか。

友達でも 恋人でも…
自分の聖域を全て見せることが誠実なわけじゃない。

『親しき中にも礼儀あり』の礼儀とは、相手の尺度のことなのです。
(尺度ってようは物差し=価値観です)

相手の尺度を見極めなきゃな~って思うのは職場ですよね。
敬語ベースにしといて損はない。真面目だと思われて損はない。
職場こそ、ふだんは距離感作っといて 飲み会とかでグッと縮めた方が良いかなぁ。

業種や職場の雰囲気で異なるとは思いますが
お賃金が発生している場所では 見合った言動が◎

今まで通用していた“人との距離の詰め方”が「…なんか最近、イマイチ?」
なんて感じた時は ルート外れちゃってるのかも。
(乙女ゲームの選択肢の如く…好感度のツボが)

新しくできた友人
ずっと仲良くしたい恋人
切っても切れない家族…

“お互いがご機嫌でいられる距離”について
分かり合う機会は 長丁場には特に必要です。

…と、偉そうに説いちゃったりしましたが。
↑の事は アラサーになってやっと気づきました。ぎゃふん
(今まで『口は災いの元』を地でいってたからね!)

距離感をはき違えてトラブって、
「離れ離れ…別れて悲しい…!」とめそめそしてても…

まわりまわって 忘れたころに再会したりもします(ホント)
そんな気はなくても、縁のアリナシって確かにあると思います。

ご機嫌な人にはご機嫌な人がやってくる。
さぁ にっこにっこにー!(ぇ

To be Complex?

 





Author: 希有

都内在住のアラサーOL。 上京後オタクに拍車がかかったタイプ。 座右の銘は「転んでもタダでは起きるな」

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